照明を抑えた通路をくぐり抜け、自室の扉を開けようとした時、足下から声がした。

「黒龍…」

白凰が床にしゃがみ込んで膝を抱えている。

「どしたの、白凰?」

消え入りそうなその声に、黒龍は驚いてすぐそばに膝をつく。
すると白凰がぎゅ…っとしがみついてきた。

「今日調整長引いてたよね。何かあったの?」

気になっていたことを聞いてみる。
返事はない。

「どっか悪いの?」

不安に駆られて言葉を継ぐ。

「…不具合。みつかった」

「不具合?直すの時間かかるの?」

不吉な言葉にどきりとする。だが彼の問いへの答えは


「………直んない」

白凰は視線を逸らしてぽつりと言った。

「え?!」

瞬間意味が飲み込めない。

「リカバリしないと。ぜんぶ消して入れ直すって」

白凰は淡々と他人事のように話す。

「…記憶とか消えちゃうの?」

黒龍が恐る恐る尋ねると、目の前の子はこくんとうなずいた。

「オレのことも…?」

またうなずく。
うそだそんなの。
固まっている黒龍の服に顔をうずめている白凰。

「こんどは新型になるからもっと強くなるって言ってた」

「新型……」

でもそんな

「白凰はそれでいいの?」

服に埋もれた瞳を覗き込み尋ねる。
白凰はびくっ、と身を固くした。

「今の白凰忘れちゃっても…?」

白凰は答えない。
服を掴んだ指が震えている。

「白凰…」

小さな指に手を重ねる。指は冷たかった。

「しかたないもの。しかたないんだ。そういうのが、ボクたちだから…」

言い聞かせるように、そう思い込むように、目を閉じて言う白凰。

「オレはいやだ!ぜったいいや!じゃあ白凰は何でこんなに震えてるの?」

黒龍は白凰の両肩を掴んでその目を見つめる。

「…だって……だって!」

見上げている瞳から涙がこぼれてくる。
白凰もいやなんだ。
どうすれば…
どうすればいい…?

「はく…」

もう一度名を呼びかけたその時


  『白凰、準備ができた。第三調整室へ入りなさい』


技師の声が響いた。

だめだ。オレたちに逃げ場なんてない…

「……はい」

白凰はすくっと立ち上がると、濡れた頬のままで歩き出した。

「白凰…!」

残された子はその場から動けずに、ただ名を呼んだ。
彼の兄弟は振り返らない。

「黒龍は……」

小さな声が聞こえる。

「黒龍のままで、おぼえててね」

遠ざかる背中。

「うん……おぼえてるよ!ぜったい!」

涙でよく見えない。
でも叫ぶ。
声が届くように。
何かがそこに残るように。


通路の向こうの姿が見えなくなっても、黒龍は立ちつくしていた。
いつか
どこかで
きっと……



白凰の方が新型だけど、実は一緒に生まれてましたネタ。
ちま黒の一人称がわからなくて困りました。
まあ白凰は私だけどちま白時代はボクかなぁと。
しかしこんなまだ連載四話目でかっ飛ばすなんざ珍しいかも私。
今後の展開との食い違いっぷりが今から楽しみ


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