ほんとはどうでもよかった。
白とか黒とか。
武器とか力とか。
上とか下とか。

ことばとか。

どうでもよかったんだ。
だって、いつも隣にいたから。

§
頭が痛い。
今朝起きてからずっと。
なんか変な夢みたような気がする。そのせいかな?

「白凰だいじょうぶ?」

後ろから声を掛けられ振り向くと、黒龍が水と薬を持って立っていた。

「あたまいたいの?」

聞かなくてもわかってること。
まだ境界分かれてないから。

「うん。ありがとう」

薬と水を受け取り、口に含む。
苦い錠剤を流し込み、顔をしかめる。

「にがいー」

「にがいから きくんだよ」

黒龍は言う。

「じゃあ きみも のみなよ」

薬の箱を差し出す。

「やだよ〜」

その手を黒龍が軽く払った。
その瞬間
世界が歪んだ。

「え…?

「どうしたの、白凰?」

§
呼ぶ声が遠くなる。
同時に聞こえてくるざわめき。
カタカタと鳴る機械音に調子外れの電子音。
どこかへ引きずられていく。
これは記憶?
過去の記憶野?

『これは何かね?』

くぐもった重い声。
目の前にあるのは小さな手。

「ボクの て です」

自分の声がした。

『ではこれは?』

少し前を示されて見やると、大きな姿見。
その中に映っているのは素体状態の自分。

「ボクのからだ」

声は凛として闇に満ちた空間に響く。

『では、あれは?』

振り向くとそこに自分より小さな子どもがいた。
黒い服を着て、黒い帽子をかぶり、じっと空を見つめている子。

誰だっけ…?
自分はこの子を知っている。
誰だったっけ…

『あれは何か?』

重い声は再度問い掛ける。

「あれも ボクのからだ です」

声が響いた。
迷いもためらいもなく、言い切った。

自分の…体…

『そうだ、お前の体だ』

重い声は満足げだ。

『だがあれを見よ。あれは勝手に動き回っておるぞ?』

空を見つめていた黒い子は、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。

『さて、あれをどうするかね?』

嫌な感じだ。
嫌悪感。
この声を黙らせなければ。
だが、幼い声の主はそう思わないらしい。

「つかまえて じぶんののものに します」

はきはきと答え。

『そうか』

重い声は…笑った?
笑っている。
低く唸るように。
やめろ、笑うな。
…頭が痛い……

『自分のものにするのだ。
今までもそうしてきたように』

"今までも"?

よろけながら手を突いた壁が崩れ落ち、
記憶庫の中身が溢れだす。
ここは確かどうしても開かないロックが掛かってたとこ…

[だいにじゅういちじそたいてすと]
[きほんしすてむばーじょんれいてんいちななべーた]
[かんかくやまっぷだいさんこうようかいてい]
[せんじゅつでーたじっせんかいていばん]
[そうびどらいばびーむけい…

やめろやめろやめろ!
もうたくさんだ!
正式起動前の自分のデータ。
上書きされていったもの。
なかったことになってるもの。
その時々の自分を、自分は食ってきた。
わかってる。
人みたいに経験記憶に依って立つんじゃない。
すべてにおいて最新のデータに置き換わる。

倒れた自分の上にデータが降り積もってくる。
埋もれてゆく体。

今の自分も こうして消えて いくの だろうか……?

とても静かだ。
それもいいかも…

目を閉じる。
まぶたに触れるものたちはひんやりと冷たい。
残らないんだ。
過去の自分も今の自分も残らない。
これからもずっと。
だからもう……

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