2007/06/03
鈍色孔雀


傷付けられること
痛いこと

この身の中に自分がいる証

§

背中に感じる重みと熱。
聞こえるのは寝息。
相手は満足して眠っている。
でもオレは…

ひとり醒めて。

§

  ぱしゃん。

手を伸ばせば湯船の湯が揺れる。
 ゆらゆら、身体がゆがんで見える。
  静かに手のひらを見つめていると
   表皮の下にあるものが浮かび上がるようで
きりきり、目の奥が苦しくなる。

『お前は機能があるからいいよな』

誰かが言ってた。
鉄機の誰か。

確かにあるけど
身体繋がる機能。
あるけど、

  ぴちゃん

天井からしずくが背中に落ちてきた。

冷たい

身をすくめる。

冷たいと感じるように造られてるから、冷たい。
気持ち良いと感じるように造られてるから…

自分たちにとって真にリアルなのは
ボディの痛みと
心得同士の結び付き。
それだけなのかもしれない。

そしてそれは、あいつとでは…

§


扉ががちゃりと開いた。

「斗機丸、大丈夫か?」

今考えていた相手。
足音に気付かなかったとは、だいぶ自分は参っている。

「…なにが?」

そう思いながらとりあえず返事を返す。

「いや、風呂長いから溺れてんじゃねえかと思って」

心配してくれるのはありがたい。
でも、こいつの心は…
いつもオレとは等しくない。

「防水してあるから」

怒っても呆れても残念がっても、無意味。

『違う』のだから。

「そうなのか?」

今の心は諦め。
そう、慣れている。
オレは軽く笑む。

それがばかにしたように見えたのか、
彼はオレの手首をぐいと掴んだ。

「なに冷めてんだよ?」

あ、怒った。

「なんでいつもそんな、他人事なんだよ?!」

わかりやすい感情。
でもわかるのは表にでてるとこだけ。
怒りの根元、感情の渦。
意識、記憶、心を形作るすべて

 …知りたいのに

「不可能なことばかりだからさ」

掴んでいる手を振り払おうと動かす。

「どういうことだよ!?」

強い力で壁に押しつけられた。
押さえられてる両手首が痛む。

「知りたいことは何ひとつわからないのに、
武者のフリしなけりゃいけないこと。
お前は楽しいか?『武者様』するのが」

下から瞳を見上げ、はっきりと言う。
語調に挑発を乗せて。

途端に相手は顔を真っ赤にする。
次の瞬間

「痛…!」

左手首に激痛。

「え…?あ……!」

彼は慌てて手を放す。

そのまま湯船の中にしゃがみ込む。
折れたな、これは。
そっと右手で触れると骨格と配線が完全に切れていた。

「ご、ごめん!オレそんな…」

そんなに力は入れてない。
知っている。
自分がもろすぎるだけだ。
装甲着けてないとこんなもの。

「いや、いいんだ」

痛覚切ろうとして、やめる。
なぜか何となく。

「だ、大丈夫か?」

湯船の中に身を乗り出して、そっと触れてくる。

「いいって。服濡れるぞ」

言わなくてもすでにびしょ濡れ。
そっと手首に触れる指先の圧力は
鋭い痛みに変わる。

その痛みは嫌じゃない。

「とりあえず、上がって、服着て…誰か技師…」

うろたえてる声が室内に反響してる。
湯は既にぬるくて少し寒い。
押さえている手首は熱い。
そしてオレは…

「武者丸…」

目の前の肩に抱き付いた。

「え…?」

固まる相手。

  「ありがとう」

脈絡がない。
そうとしか思えないだろう。
でも、うれしい。
なぜだろう?

 今さっき
 ほんの少しだけ
 繋がったような気が
 したから

§

たぶん無意味なくらい微かに

でも
ゼロじゃない

§

「オレに触れていてくれて
ありがとう」

武者丸の当惑した顔。
それも全部ファイルして
オレの身体は在り続けてく。

―――


えっと、別に斗機丸さんMってわけじゃないです(爆)

この話は以前出した本「空色孔雀」の裏バージョンです。
展開似てるのはそういうことで。

最初に何をしてたのか?とか、風呂では一体どんな姿で?とかは
妄想と、乙女心(笑)と、あとは間違った勇気で補ってください

実際斗機丸さんがどれだけ相手と触れ合おうと
「鉄機式に」繋がることは不可能。
逆もまた、かたちだけ合わせることはできても本質は否。

違うとわかって好きになったけど
その違いの前で立ちすくむ。
その辺をまた、書いてきたいなあと。

武者丸があれだけ怒った理由もまた追々。


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