残りの料理を食べ終わって皿を洗おうとすると、
オヤジさんが制した。

「早く寝ろって。でないとシンヤが待ちくたびれるぞ」

シンヤが?

「え…まだ起きて?」

驚くオレにオヤジさんは軽く笑うと奥の部屋を指差した。

「ほら行ってこい」

追い出されるように台所を出て、廊下を歩く。
そして気付く。

本当だ。

シンヤの部屋のドアの隙間から光がもれている。

「…シンヤ、まだ起きてたのか?」

なるべく平静を装って声を掛ける。

「トッキー…」

ドアの向こうでシンヤの声。
何かためらってるような感じ。
もう一度何かを言おうとした時、ガチャッとドアが開いた。

「入れよ」

導かれ入った部屋は昨日入った時のまま。
昨日と同じゲームが画面に映ってる。

「ゲームやってたのか?」

最初は軽い話を振る。
するとシンヤはひどくむすっとした顔をしてうつむいてる。

「あ…ごめ…何か悪いこと言ったか?」

慌てて謝る。

「違んだよ…」

不機嫌な声。
一体何を怒って…

「なんでいつもそんな当たり障りねえんだよ!?
怒んねえのか?普通怒るだろ?!」

一気にまくしたてたシンヤに、
オレはどう答えていいか分からず黙り込む。

「この傷か?」

シンヤは勢いよくパジャマの上着を脱いだ。
「ずっとこれ気にしてんだな?」

目に映る傷痕は痛々しく、目を逸らしたくなる。

だが、逸らしてはいけない。

「オレ気にしてねえって言っただろ?
こんな傷お前だってあるんじゃないのか?
戦ってたんだろ?」

「!」

シンヤのその疑問はごく当たり前のことで、
実際自分の仲間は大なり小なり傷痕を残してるものだ。
だけど自分は…

「オレは…のこっていない…」

みんな新品に交換してきたから。

「傷食らわなかったってこと?」

意外そうな顔のシンヤ。

「いや…食らったけど、治りがいいんだ」

うそではない。
部品さえあればひとより早く治る。

「へえ……いいなぁ」

素直に信じた彼。
でも「いいなぁ」ってことは、

「やっぱり消したいか?その傷」

じっと目を見つめて聞く。
辛くても。

「あ……んー、まあ。なんか他人が見ると引くみたいだし…」

あの店でのことを思い出してるのだと感じた。

「シンヤはどうなんだ?引くか?」

逃げ出したい心を押さえ込み、問い掛ける。
その答えでたぶん全部決まる。
それが怖い/知りたい。

「オレは…カッコいいって思ってたんだけど
 …やっぱ変かなあ?」

「カッコ…いい…?」

意外な言葉にオレは、

「ふ…ふふふ…あははは!」

我慢するつもりが笑い声が出てしまった。
カッコいい。いいじゃないかそれで!

「な…何で笑うんだよ、トッキー!
何がおかしいんだよ!?」

わけの分からないシンヤは食ってかかるが、
一度出た笑いはすぐには止まらない。

「なんだよ!やっぱ変なのかよ!?そんなに変なんだな…」

怒ってたシンヤの口調が段々元気がなくなってきた。

「シンヤ、ごめ…、シンヤ?」

床にどっかと座り込みそっぽを向き、
まるでいじけてるみたいに。

「ごめん笑ったりして。いや変じゃないけど…」

シンヤはうつむいたままぶつぶつ言ってる。

「変だよ。どーせ。どーせ変だよオレ…」

ああ、完全にいじけてる。
意外な方向に転がった話に戸惑いながら、
オレはシンヤの隣りに立つ。

「シンヤ」

平気になったわけじゃない。
負い目を感じないわけでもない。
でも、

「オレも…カッコいいと思うよ」

顔を上げ、こちらを向く子にふわりと微笑む。
まだ苦しいけど。
その子も少し決まり悪そうに笑った。

すうっと胸が楽になった。

…きっとこういうこと。

§
「ふぁ…くしょん!」

急に響いたくしゃみに驚く。

「うー寒っ」

そうだパジャマを脱いだままだった。
急いで床に広がってるパジャマを拾い、シンヤに渡す。

「サンキュ。なんか急に冷えてきたな」

その言葉で気付いたが外で雨が降っている。

「へえ雨か。明日…じゃなくて今日から五月だから五月雨か」

窓を開け二人で空を見上げながら、
彼は何だか嬉しそうに言う。

「五月雨の五月は陰暦五月だから、
 本当は六月の梅雨のことじゃないのか?」

ついいつものように冷静に突っ込んでしまうオレ。

「トーッキーーイ?」

しまった、と思うが遅く、ギュウと腕で首を締められる。

「ぐぇ…ごめ…」

「細かいコト言うんじゃねーの」

オレの頭をぱこぱこ叩き、また夜空を見上げる。

「でもほんと、オレ五月の雨は好きなんだ」

「何故?」

聞くとシンヤはニカッと笑った。

「当ててみろよ。期限は半年!」

「え?ええっ?」

ああまだまだ
くるくる感情の変わる
分からないことだらけなこの子に
振り回され、それでも、一緒にやっていくんだな。

できるなら半年後も
ここでこうしてこの子とともに…



―――

<五月雨その五へ<


この話は書き始めてからできるまでに
9ヶ月かかりました。
何度も何度も書いては消し。
ラストもかなり悩んだなあ。

どうして時間がかかったのか
シンヤは知ってるでしょう。
斗機丸はわかってるつもりでしょう。
さて、自分は?
どうでしょね?

この話はもう一つ別の斗機丸&シンヤシリアス話の準備話です。
シンヤのお仕事がお仕事だから
こっちも書かないわけにはいかないよなぁ。


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