§
風に乗って声が聞こえてきた。

「トッキー!おーい、ここに居んだろー!出てこいよ!」

やばい。
思うより早く身体は動き、
そばの雑木林に飛び込んだ。

「トーッキーッ!なんで出てこねーんだよ!」

さっきまでオレがいた場所―事故の場所―に来ると、
シンヤはガードレールを蹴飛ばした。

「ちくしょう、なんなんだよ!何でいつもそうなんだよ!」

うつむいたまま、何度も蹴飛ばす。

彼は分かってるんだ。
もちろんそのことを自分も知っている。
こんな時、どうすれば一番いいのだろう?

彼は気にしていないと言う。
そうなのかもしれない。
でも、自分は…

怖い。

§
「トッキーのバカヤロー!」

そう叫び、シンヤは帰って行った。

その後ろ姿を見つめていた。
そして気付くのだ。
ああ、やはり。

歩き去るその左肩が、微かにぎくしゃくしている。
彼は気付いていない。
たぶん誰も気付かない。
でも自分は知った。
自分の手が、傷つけたのだ。

§
家に帰ると誰もいなかった。
シンヤは病院に、オヤジさんは仕事に行ったようだ。
いつものように、自分のパソコンに向かう。
いつもの情報収集。

戦うべき敵:堕悪闇軍団。
守るべきもの:故郷天宮。そして天馬の国(このくに)の人間たち。

>何故?
いきなり現れたオレたち武者頑駄無を助けてくれたから。

>違う。そうではない。本当は何故?
本当は?
それが正義だから。
奴等が悪だから。

>本当に?

自問自答はそこで止まる。
…分かっているさ。
刑事をやっているのだ。
いろんな事件を知った。

それぞれの事情を。
正義とか悪とか
誰が悪人なのか
教えられたものとは全く違う。
もちろん全然知らなかったわけではないが。

それでも、奴等は悪。
倒さねばならぬ。

§
経過は順調。
そう言われた。
次の診察はだいぶ先だ。
治ったようなものかも。
でも最後に言われた言葉。

「傷痕をきれいにしたい?」

別に顔じゃないし、特に必要牲を感じない。
普段は服着てんだし。
でも、気にする人も居んのかな。

§
夕日が差し込む部屋で、オレはナギナタを手にしていた。
非番の日課の武具の手入れ。
ここ天馬の国では一般に武器が存在しないから、これらの手入れを頼める人間はそういない。
もちろんいたとしても、自分の武具は自分で手入れしたいが。

ただ困ることは手入れの道具が手に入りにくいこと。
他の武者もみな苦労しているらしい。
さらにオレの場合は自分の身体の手入れもしなければならない。

鉄機武者の祖・鋼丸を作った爆流が秋田にいるが、彼も自分よりかなり昔の武者。
一応オレの時代の最新技術で造られている鉄機は、完全には整備できないのだ。

この国に来て4ヶ月。
鉄機核も心得もオーバーホールの時期は過ぎている。
これから敵が現れたとして、オレは戦えるのだろうか?

いつの間にか日が落ちたのか、部屋は薄暗くなっていた。
いけないいけない。
今日のオレはマイナス思考すぎる。
手入れの終わった武具をしまうと、部屋のカーテンを閉めて回る。

それにしても、遅いなシンヤは。
病院から直に学校へ行っているはずだが、授業はとっくに終わってる時間。
でも、シンヤが帰ってきたら…
またオレはなんでもないようなフリをするのだろうな。


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