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なんだか家に帰りたくなくて、
校門を出てからどう歩いたのか。
いつの間にかオレは見知らぬ街に来ていた。
隣町まで来てしまったらしい。

どっちへ行けば家に帰れるのか…
分からず適当に歩くと、やけに明るい一角に差し掛かった。
派手な看板やネオン。
客引きらしき男。
いかにもな衣装の女。

これは…
どうやらそういうところに来たらしい。

「へー、これが…」

子どもの来る場所ではないと知ってはいる。
でもそろそろお年頃、やっぱり興味はあるのだ。

ポケットに両手を突っ込んだまま立ち止まっているオレに、メイド服のお姉さんが声を掛けた。

「ボク、こんなとこへ来るのは
 まだ早いんじゃない?」

なんかいい匂い。香水なのかな?
香りに気を取られて、不用意な疑問が口に出る。

「こういうトコってすごい金取るの?」

率直な、子どもらしい質問に、メイドさんはくすくすと笑った。

「あ……」

自分の言葉のぶしつけさに気付き、うつむく。

「あら、ごめんなさい笑ったりして。
そうね、すごくお高いお店もあるかもね」

やっぱり、と目を逸らすオレ。

「でもウチは良心価格よ。
よかったら遊んでかない?」

「え、ええっ!?」

意外な言葉に思わず大声を出してしまった。

「で、でもオレ金ないし…」

実際財布の中には小銭しかない。

「じゃあ臨時バイトってことで。
カワイイ男の子って意外と人気あるのよ」

にんき?
なんで?

話がよく分からないまま、手を引かれ店に入ってしまった。

「こっちは通用口だから狭くてごめんね。奥に来て」

言われるまま棚と棚の隙間を進むと、両側にカーテンの引かれた部屋に出た。

「やっぱり青系かな?
 青髪かっこいいもんね」

メイドさんがカーテンを開けると、ずらりとキラキラした衣装が並んでいた。

「うわ…」

なんか…
一言で言えば、派手。

そんなオレにお構いなしに、衣装を選ぶメイド姉さん。

「まだ少年体型だしねー。
 この辺かな?」

そして一着の服を選ぶと、戻ってきた。

「はい、コレ。きっと似合うわよ」

差し出された服は
青地に銀の縁取りの
クラシカルというか
なんつーか
要するに『王子様のお召し物』。

「……
 オレが、着るの?コレ…?」

「そ。ほら、早く早く!」

着ろって言われても、演劇でもないのにこれは着れないだろう?

ためらっていると、

「あら?どうしたのフロル、そんなカワイイ子?」

そこへもう一人の女性が現れた。
こちらは胸元もあらわなバニーガール。

「あ、クロル、ちょうどよかったわ。
 この子のお着替え手伝って」

「ええ!?」

固まるオレ。
この歳になってお着替えさせられるとは!?
しかし二人はそんなオレにお構いなしに服を脱がせ始めた。

「ちょ…、冗談!?
 やめろよお前らいーかげんに!」

叫びながら手足をじたばたさせて抵抗する。
大人二人だけど女だ。
これくらい振り切って逃げ…

…るつもりだったが。

「なあに?何騒いでるの?」
「こっちまで聞こえるわよ?」
「きゃあ、かわいい子!」

「げ……;」

敵が増えた。
少なくとも3倍には。

「早いとこ観念した方が気が楽よ♪」

頬をつっつくメイドさんに
オレはがくりと膝をついた。

§
「何?シンヤはまだ帰ってないのか?」

あまりにシンヤの帰りが遅いので、
オレはオヤジさんに電話をかけていた。

「はい。学校には電話して、ちゃんと六時間目で帰ったと聞いたのですが…」

いまの時間は22:47。
子どもの出歩く時間じゃない。

「あいつめ、どこ行ったんだ…。
すまんが探してやってくれ。
オレも早めに帰る」

そう言うと電話は切れた。

受話器を置き、支度をする。

シンヤ…なにか事件に巻き込まれてなければいいが…
それとも…

…彼はそれだけ怒っているのだろうか?

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